日本人の6人に1人が罹患(りかん)しているとも言われる2型糖尿病。糖質や脂質を多く含む食習慣が主な原因だが、それだけではなく「運動不足」も糖尿病を招く大きなファクターとなっている。糖尿病予防効果を得るためには、どんな運動習慣を取り入れたらいいのだろうか。スポーツ科学の専門家が解説する。※本稿は、樋口 満『健康寿命と身体の科学 老化を防ぐ、50歳からの「運動・食事・習慣」』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
日本で糖尿病患者が
増え続ける要因
2型糖尿病は生活習慣病といわれている代謝性疾患で、過食や運動不足などのライフスタイルがその発症に強く影響します。
日本の糖尿病の患者数は、糖尿病を引き起こしやすいライフスタイルの広がりと、平均寿命の延伸による高齢者の増加が相まって、増加の一途となっています。
そのしくみは、次のようなものです。食事などで摂取した糖質(炭水化物)が、体内で処理しきれずに血液中に高濃度で残ってしまい、持続的な高血糖状態となることによって、その余分な糖(ブドウ糖)がさまざまな細胞、とくに末梢(まっしょう)組織の毛細血管にダメージを与えるのです。
血糖値は空腹時にはやや低下していますが、糖質(炭水化物)を含む食事や飲料を摂取すると、次第にその値は上昇していきます。それは、摂取した糖質が小腸で消化・吸収され、門脈を経由して、肝臓から血液中に放出されるからです。そして、しばらくすると血糖値は低下していきます。
それでは、血糖はどこに行って、どう処理されているのでしょうか。
血糖の80%程度が
「筋肉」で処理される
図4-16は、健常者と2型糖尿病患者の身体の各組織における血糖取り込み能力を示しています。
よく知られているように、脳は通常では、血糖(ブドウ糖)をエネルギー源として、その機能を維持していますので、健常者でも2型糖尿病患者でも、脳は同じように血糖を取り込んでいます。
また、内臓や脂肪組織でも、糖取り込み量に健常者と2型糖尿病患者のあいだに差は認められませんでした。
大きな違いがあるのは「筋肉」です。筋肉は体内の最大の糖処理器官で、健常者では、血糖の80%程度が筋肉に取り込まれて処理されていますが、2型糖尿病患者では、それが健常者の半分程度にまで低下しているのです。
筋肉細胞内で糖取り込みに重要な役割を担っている調節たんぱく質が「糖輸送体(GLUT4)」です。GLUT4は筋肉や脂肪組織に特異的に発現しており、インスリン刺激と筋収縮刺激では異なるメカニズムによって血糖を取り込んでいることが、ラットの骨格筋を用いて解明されています。
図4-17は、筋肉がインスリン刺激や筋収縮(運動)により血糖を取り込むメカニズムを模式的に示しています。
筋細胞内にはGLUT4がプールされており、それぞれの刺激によって、GLUT4が細胞膜上に移行(トランスロケーション)して、血糖が筋肉内に取り込まれます。
食後には、インスリン刺激によって血糖が取り込まれます。そして、血中のインスリン濃度が低くなっている運動中には、筋収縮そのものによって、血糖が取り込まれます。
食後に上昇した血糖値の低下や、運動に必要なエネルギー源である血糖を筋肉内に速やかに取り込むためには、GLUT4の筋肉内の量が多いこと、そしてGLUT4が円滑に筋細胞膜上に移行できることが重要なのです。
1年間の運動で血糖値が
正常レベルにまで低下
東京ガスで行われた定期健康診断の受診者を対象とした長期観察研究によれば、心肺体力が低い人々ほど糖尿病の発症率が高くなっていることが、澤田亨博士(編集部注/現・早稲田大学スポーツ科学学術院教授)によって報告されています。
私の師であるホロツィー博士(編集部注/ジョン・ホロツィー。運動生化学のパイオニア)らの研究では、2型糖尿病患者に1年間の持久性トレーニングを実施し、その前後で経口糖負荷テスト(Oral Glucose Tolerance Test:OGTT)を行っています。図4-18はその結果を示しており、図中の上段が血糖値の変化で、下段が血中インスリン濃度の変化です。
よく知られているように、2型糖尿病患者は安静空腹時の血糖値が高くなっていますが、1年間のトレーニングによって、正常レベルにまで低下しています。そして、糖負荷後30分、60分、120分、180分の血糖値も、トレーニング前にくらべて非常に低いレベルで推移しています。
また、血中インスリンは、トレーニング前には、糖負荷後に急激に上昇し、かなり高いレベルが続いていますが、トレーニング後には、その上昇は抑制されており、インスリンの感受性が高まったことがわかります。
このように、運動トレーニングの糖代謝機能の改善効果は明確です。
糖尿病予防効果があるのは
持久性トレーニング
2型糖尿病患者には肥満、とくに内臓脂肪型肥満の人が多いですが、内臓脂肪の過剰な蓄積は、アディポサイトカイン(編集部注/脂肪細胞から分泌される生理活性物質の総称)であるレジスチンやTNFαの分泌上昇によりインスリン抵抗性の亢進(こうしん)を引き起こします。
さらに、肥満による異所性脂肪(筋肉細胞内脂肪)の過剰な蓄積も、インスリン抵抗性を招くひとつの要因であることが明らかになっています。
国立健康・栄養研究所に在職中、名古屋大学の佐藤祐造教授のグループと共同して行った研究をご紹介しましょう。
若年成人は運動習慣のない人々と持久性トレーニングを積んでいる長距離ランナーの2グループに、そして高齢者は、とくに運動習慣のない人々、安静臥床(いわゆる寝たきり)を強いられている人々、そして持久性ランニングの運動習慣がある人々の3グループに分け、糖代謝機能を比較検討しました。
図4-19から、若年成人でも、高齢者でも、持久性トレーニングは糖取り込み能を高めることがわかります。
血液中のブドウ糖(血糖)は、インスリン刺激により、主として骨格筋に取り込まれますので、骨格筋の糖取り込み機能が高いことが重要です。それに対して、安静臥床を強いられている高齢者は、非常に低い糖取り込み能であることがわかります。
それは、日常的な筋肉運動が極端に低下しているためであると考えられます。さらに、重要なことは、高齢者でもよくからだを動かしていると、糖代謝機能は運動習慣のない若年者とほぼ同レベルに維持されているということです。
週3回以上のトレーニングで
2型糖尿病の発症が40%も低下
次に、筋トレと有酸素運動を組み合わせた30分間のサーキット・トレーニングが、糖尿病予防に有効であるかどうかを、女性のみを対象としたフィットネスクラブ会員で検証した澤田亨博士らの調査研究を紹介します。
対象者は中高年女性約1万人で、クラブ参加日数で、4グループに分けて、2型糖尿病の発症率が検討されています。その結果、週に1~2回ではあまり効果がありませんでしたが、週に3回以上の参加頻度だと、2型糖尿病の発症が40%程度低下することが明らかになりました(図4-20)。
また、私たちの研究グループは、心肺体力と筋量を組み合わせて、糖尿病の有病率を検討しました。その結果、図4-21に示すように、全身持久力と筋量のどちらも低いグループを基準としてくらべると、心肺体力が高く、筋量も多いグループでは、糖尿病の有病率がとても低くなっていることがわかりました。
この研究からも、糖尿病予防には筋肉を動かすことがとても大切であることが明らかになっています。
中高年の低体力女性は
家事や散歩が健康に有効
ここまで、糖尿病対策としての中・高強度の身体活動・運動(MVPA)の大切さをお伝えしてきました。他方で、低強度の身体活動(LPA)の健康効果はどうでしょう。ゆっくり歩くウォーキング(散歩)や家事などに代表されるLPAの効果は、どのようなものなのでしょうか。
国立健康・栄養研究所で丸藤祐子博士(現:駿河台大学准教授)らが、精度の高い身体活動量計を用いて、LPAの健康効果を検討した研究を紹介します。
この研究では、MVPAの影響などを除外して、LPAの影響を検討しています。
図4-22は、年齢階層別、男女別、心肺体力別にLPAとインスリン抵抗性指標(HOMA-R)の関係を示しています。
若年齢層、男性、そして高体力者では、LPAとHOMA-Rとのあいだに関連性は認められませんでしたが、中高年齢層、女性、そして低体力者においては、LPAが多いほど、顕著にHOMA-Rが低い傾向が認められました。
そこで、図4-23のように、中高年の低体力である女性に焦点を当てて、LPAとHOMA-Rの関係を検討してみると、明らかな関係性が認められました。家事や散歩などのLPAが、低体力者に健康効果をもたらすことを示唆する結果といえます。
男女ともシニアになると、筋肉量の減少が顕著になり、日常の身体活動量も減少し、心肺体力が低下します。シニアでは、ウォーキングはよく行われていますが、ジョギングやスイミングなどのやや強度の高い運動はあまり行われていません。
しかし、もっと積極的に、より強度の高い有酸素運動を加えてほしいと思います。レジスタンス運動(筋トレ)を日常生活に取り入れて、筋肉をよく動かせば、シニアになっても糖代謝機能を保持・向上させることができ、糖尿病の予防につながります。2型糖尿病の原因は、「筋肉が糖を使いづらくなってしまうこと」なのですから。
2025-06-29T23:31:33Z